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コラム

このページでは、カレントトピックのコーナーです。会計税務を離れることをお許し下さい。

2002/6/6発行 週刊新潮「超納税法」より 野口悠紀雄氏寄稿

相続税や贈与税に関する「究極の節税策」があると、第7回で予告した。その方法とは、子の教育費を増やすことである。

教育投資は、教育を受けた本人に利益をもたらすだけでなく、社会全体に大きなプラスの効果をもたらす。このため、どの国の税制も、教育費に使われる移転に対して贈与税を課していない。日本の場合も、相続税法第第21条の3でこれが明確に認められている。すなわち、父母などの扶養義務者が負担した教育費には、贈与税は課されない。

税の問題を離れ、かつ社会全体の利益を離れて個人的な立場から見ても、教育投資は有利である。投資によって得られる利益は、多くの場合に支出額を大きく上回るだろう。つまり、もともと教育投資の収益率は高いのだ。その利益は、今後もっと大きくなるだろう。なぜなら、第1に、労働人口が減少してゆくので、専門知識をもつ労働力の価値は、資本の価値に比べて高まるからだ。そして第2に、社会の変化が激しくなると、専門家に対する需要が増えるからだ。不動産投資や他の物的投資の収益性が低下してゆくなかで、教育投資の収益性は高まってゆく。

しかも、「児孫のために美田を買わず」というとおり、多額の財産を子孫に残すと、子の労働意欲がそがれることがある。また、財産分割をめぐって肉親間の争いが起こることもある。こうした問題は、教育という形で遺産を残す場合には存在しない。つまり、教育費の支出を増加させることこそ、最高の遺贈策であり、しかも究極の相続税節税策なのである(軽減されるのは形式的には贈与税だが、教育費支出分だけ相続財産が減るので、結局は相続税を節税したことになる)。

(拡充すべき教育費の扱い)

教育費を税制上いかに扱うかは、日本経済の長期的な姿に大きな影響を与える問題である。もし、「教育費に関する世代間の移転は一般に非課税にする」という原則が認められるのであれば、税制上の扱いを、現在よりは拡充する必要がある。

第1は、教育費負担者の範囲だ。現在は扶養義務者とされているが、もっと広げてもよいだろう(これは、すでに文部科学省の税制改正要望として出されている)。

第2は、支出時期との対応だ。現在では、「都度実費」が原則とされている。つまり、実際に支出する額をその都度負担することだけが認められており、将来必要とされる分も含めて一括して資産を残すと、将来分には非課税が認められない。したがって、負担者が生存中に贈与という形で負担すれば無税だが、遺贈という形で死亡後に負担すると、有税になる(相続税を払った後の金額で教育費を賄う)。これは、資産の元利を教育費に限定することを容易には確保できないための制約と考えられる。しかし、情報処理技術が進歩したいま、この克服は、決して不可能ではない。そこで、将来教育費にあてることとする資産については、相続税を非課税にすることが考えられる。こうすれば、子だけでなく、孫などの教育費を負担することも可能になる。

第3は、すでに独立して所得がある子に対しても、無税の贈与を認めるべきことだ。これは、社会人教育に関して要請されることである。

私はいま、青山学院大学に設立された「国際マネジメント研究科」という専門大学院で教えている。専門大学院というのは、2001年度から始まった新しい大学院制度で、従来の大学院が研究者育成のためのものであるのに対して、専門的職業人の養成を目的としたものだ。ここには、金融機関などに勤務中や休職中の若い人々が、勉強に来ている(年齢は30代が中心)。非常に熱心で、勉学意欲に燃えている。しかし、仕事を続けながら勉強をしているのだから、時間のやりくりは大変だと思う。それだけでなく、費用負担も大変だろう。休職している場合には、授業料だけでなく、生活費の負担も重くのしかかる。

こうした人々に対して親が援助した場合、贈与税の扱いがどうなるのか、必ずしもはっきりしない。負担者の範囲が「扶養義務者」とされているので、多分非課税にはならないのだろう。しかし、日本経済の活性化には高度な専門知識をもつ人材が不可欠なことを考えると、こうした場合にも贈与税を非課税にすることは、十分認められるべきだろう。この問題は、子弟の教育を超える問題として捉えることもできる。例えば、奨学基金を新たに作り、そこへの個人や法人からの寄付は、所得税や法人税で、経費、損金として認める。他方で、この基金からの給付金は非課税とする。こうすれば、社会全体として、教育費の世代間移転が促進できる。奨学金は、授業料などの直接の費用だけでなく、生活費にあててもよいこととし、生活費部分については、無利子の貸し付けとしてもよい。現在の日本の奨学制度は、非常に貧弱である。人数も、一人あたりの給付費も、非常に限られている。米国の大学院の場合と比較すると、問題にならない。勉強している社会人の人々を見ていると、日本が変わりつつあることを実感する。しかし、それを支援する体制がまったく弱体であることも、痛感せざるをえないのである。

以上で述べたことは、すでに相続税や贈与税の一般的な控除に含まれて措置されていると反論されるかもしれない。

しかし、特定目的のための贈与税優遇策は、現に議論されている。経済財政諮問会議が検討している贈与税減税案がそれだ。これと以上で述べたことを比較して見よう。

(将来を作るのは住宅でなく教育)

報道によれば、同会議は、住宅取得のための贈与税の非課税限度枠の拡大を検討している。第7回で述べたとおり、住宅取得のための贈与に対しては、現在すでに550万円までは非課税とされているのだが、さらに拡大しようというわけだ。これによって住宅建設や増改築などの増加を期待し、景気刺激をはかろうというのが狙いであろう。この政策には、いくつかの問題がある。第1は、これで利益を得られるのは、子が住宅取得能力を持ち、しかも親が相当の資産を持っている場合に限られることだ。つまり、これは、金持ち優遇政策である。しかも、住宅の世代間移転が促進されたところで、社会全体が利益を得ることはない。住宅というのは、典型的な私有財産だからである。

第2の問題点は、仮に住宅建設が増えても、それが日本経済を活性化させるかどうかは、大変疑わしいことだ。仮に一時的に増えたとしても、経済構造を新しい時代に適合できるように変えることはない。これは、明らかに、住宅建設産業の救済策なのである。これに対して、人的資源の育成をはかることは、日本経済全体にとって、大変重要な意味を持つ。日本の将来を作ってゆくのは、住宅ではなく、専門的知識をもった人材なのである。後者に関して贈与税非課税枠を広げても、即効的な効果はないかもしれない。しかし、将来の日本経済を支えてゆく優秀な人材が育成されることは、疑いない。というより、そうした人材が育成されない限り、日本経済を活性化させるのは不可能なのである。

それにもかかわらず教育費負担について問題が提起されず、住宅取得に対して減税要求が強く叫ばれる。これは、教育については、住宅の場合のような強力な業界団体が存在しないからだ。親から住宅取得資金を貰う人々が贈与税の優遇措置を受け、他方で、専門知識を学ぶために苦労している人達が同様の措置を享受できない。これは、非常におかしなことだと思う。こうしたおかしな事態がまかりとおる限り、日本に明るい未来は望み得ないだろう。